オットの退社→留学→卒業その先は・・・


by kayo3775
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カテゴリ:ビザ( 3 )

引越とビザ更新

もうタイムリミット!!と、この一週間でバタバタと家を決めました。
今より狭いし家賃は高いし、駅のまん前という立地条件だけが利点のユニット。
もうちょっと待てば、も少しバランスの取れたところが出てくるのではと思ったが、
不動産屋に日参し、あちこち物件を見に行く毎日に、とうとうオットが音を上げ、
貴重な時間を家探しばかりに費やしてバカバカしい、もうオレは一切関わらないからね
と言われてしまった。
その言葉に、私ももういっか~と半ば投げやりに?最後に見た所に決めてしまった。
幸いライバルはいなかったみたいで、申込みしてデポジットを払ったら、
翌日にはOKが出た。

クリーニング済みですぐ入居可のユニットなので、今週末には入居する。
さっそく引越業者の手配や公共料金の手続きに取りかかり、
そして大嫌いな荷造りも今日から数日でやり終えなければならない。

来豪して1年と8ヶ月、最初のホームステイを入れて4件も家を変わるとは
思ってなかった。予想以上の速さでお金がなくなっていくのも当然だわ。

そして、実は家のことよりも、もっと気がかりだったビザの更新が
先日無事にapprovedされた。よかったぁ~~。

今のビザはオットの大学院に合わせて出ているので、
既に卒業した今、来月には切れてしまう。
仕事を見つけ、ビジネスビザに変えて滞在を伸ばせたら、と思ってはいるものの、
まだ仕事が本決まりでない状態で、今は学生ビザを延長するしか方法がない。
そこで、とーっても重い腰を上げ、今度は私が学生になり、
私のビザに家族が乗っかることになった。

あれこれ迷ったあげく、学費が安いことから、
専門学校でビジネスの勉強をすることにしたのだが・・・
一体何を勉強するんだか・・・授業が理解できるのか・・・すごーく心配・・・。
肝心の英語力に自信がないので、まずは以前通っていたような語学学校で
数週間英語をブラッシュアップして、それから同じ学校のビジネスコースに入ることにした。

毎日ブラブラしてたのが、毎日朝から午後まで通わなければいけなくて、
出席が8割を下回るとビザが取り消し・・・うわ~んプレッシャーだわ~~。
どうかオットが早くビザを取ってくれることを祈りたい。もしくはさっさと帰国するか?

ともかくこのビザの延長、家族連れ&高年齢という普通の人よりハンデが多く、
毎回ビザでは苦労してきたので、今回もすんなりいくか心配だったが、
今回は申請してから10日という信じられない速さで下りたので、ホントに驚いた。
健康診断、子供の学費支払い、戸籍謄本の英訳、コンセントフォームのサイン認証、
3回めともなると、書類を揃えるのも慣れたものだが、結局今回は健康診断だけで、
他の書類は要求されずじまいだった。せっかく用意したのにな~まあいいけど。

来週から学校がスタート。それまでにギリギリ引越できることになって、ホッとしている。
オットとスイッチして私が学生になる。自信はないけど、ちゃんと英語に取り組む
最後のチャンスだと思うので、できるとこまで頑張ってみようと思っている。
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by kayo3775 | 2007-02-20 22:49 | ビザ
今アメリカのビザを申請する人は(仕事で行く人も学生も)
大使館で領事との面接が義務づけられている。
書類を揃え(これがけっこう大変)、当日は面接を待つ行列に数時間並んで待った。
ドキドキはしていたものの、それでも結果がNOになるなんて、思ってもみなかった。
実は偶然ご近所さんで、半年前にアメリカへ留学したご家族がいる。やはり
自費留学で、無事にビザが出たのでうちも大丈夫だろうと安心していたのだ。

「どうして留学するのですか」「会社を辞めさせられたのですか」(もちろん違う)
女性の領事が厳しい表情で質問してきた。途中から通訳の人も入ってくれたが
ようは「家族を連れて語学留学(最初は語学だが半年後には大学のエクステンション
コースに進むと説明したのだが)は認められない」の一点張り。
私たちに話す時間をほとんど与えてくれなかった。
パスポートに押されてしまった「却下」のハンコとともに渡された紙には
「移民の意思があると判断されたため、ビザは許可されませんでした」
「あなたと日本とのつながりを客観的に証明できれば、今後ビザが出る可能性も
あります」
というようなことが書いてあった。
どうして?ただ留学したいだけなのに、私たちがアメリカで何をするっているの?

あれだけ考えて決意して、下見に行き、留学先とアーバインに関する
できるだけの情報を集め、大学側にもオファーをもらって書類をやり取りして
万全のつもりで臨んだのに・・・・

呆然として、頭が真っ白になり、オットと無言で家に戻った。

それから2週間後、もらった紙に書いてあった「日本とのつながり」を証明すべく
いくつかのドキュメントとレターを必死でかき集め、それと留学先で急遽書いてくれた
「コンディショナルオファー」(語学留学後そのまま大学のコースに進むという
大学からのレター)を持って、再度面接に臨んだ。
今度の面接官は男性で、地位が高そうな領事だった。険しい表情で、
「前の申請内容と何も変わってないですね」(そりゃあそうだ)
と却下を覆すことはできなかった(T_T)。

あらためてネットなどでサーチしてみると、却下の経験談もいくつかヒットした。
色々考えあわせてみると、
オットがMBAなどより高いdegreeへの留学だったら行けたのかも。
(エクステンションコースは大学院レベルの内容とはいえ、院ではなく
社会人向けのビジネスの実践を教える目的に設けられた大学付属コース)
オットのみ行くということにして単身の申請にして、
その後家族を呼び寄せる形にすればよかったのかも。

ビザに関してだけは、なんとなくいけるだろうとタカをくくって、
あまり準備をしなかったのが悔やまれる。
決められた書類だけ出せば通るのは
若い単身の留学生か、会社がバックボーンになっている留学生で、
911後は、私たちのようなレアなケースは移民目的を疑われることが多く、
ビザ申請に周到な準備が必要なのに、それを知らなかった。

今まで感じた何よりも大きな挫折感と屈辱感を、このビザ申請で味わった。
現在オーストラリアで順調に生活していても、 
時々、ここがアメリカだったらな~と無性に思うときがある。
一生あの時の辛さを忘れることはないだろう。
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by kayo3775 | 2005-07-01 07:53 | ビザ
アーバインの下見から9ヶ月後の昨年9月末、オットが会社を退職した。
その間、予期しなかった大阪転勤があり、退職前の半年間は我が家にとって初めての単身赴任も経験した。
この転勤があったからこそ、辞める決意も固くなったと思う。
オットが半年後に帰ってくることを前提に、私と子供たちが横浜に留まったんだから。
それでもオットが上司に退職を打ち明けるその日まで、何度も何度も2人で話しあった。
アメリカに行く決心よりも、安定した収入を捨てる決心のほうが何倍も勇気が必要だった。

そして予定通り、10月初めにオットが戻ってきた。
渡米の時期は、12月末と3月末で悩んだが、オットが退職直後に始めたCPA(米国公認会計士)の勉強を、ある程度やり終えてから行きたいということで、3月末の渡米を目指すことになった。
11月下旬に入学予定のUCI(カルフォルニア大アーバイン校)に出願。
年末から年始にかけて、学校が家族4人分のビザ用入学許可書(I-20)を送ってきた。
(実は向こうの手違いで、このI-20の発行にはすったもんだあり、かなりイライラした・・)
そしてその他申請書類を揃え、1月下旬、アメリカ大使館へ学生(F1)ビザの申請の日。

領事との面接の結果は、思いもよらぬ「申請却下」。。。。

オットと私は呆然とした気持ちで大使館を後にしたのだった。
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by kayo3775 | 2005-06-30 23:49 | ビザ