オットの退社→留学→卒業その先は・・・


by kayo3775
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カテゴリ:オットの留学( 5 )

春が来た

ここ2週間くらいで、シドニーはすっかり春になりました。
いつのまにか桜や梅が満開になり、やっぱり日本の淡い花の色はいいなあ。

そして、オットにも春が・・・。一昨年の10月、会社を辞めてからすぐ始めた
米国公認会計士USCPA資格の試験、4種目全てに合格しました!!
最後の科目を7月に受けて、結果待ちだったのだが、
一昨日インターネットで合格を確認。
(一瞬オットの叫び声が聞こえて、何事かと思った)
トータルの勉強時間2050時間、グアム試験4回、かかった時間もお金も
ハンパではなかった。
せっかくシドニーに来たのに、エンジョイしているのは私と子供だけで
オットはずっと受験生の生活で、なんとなくいつもピリピリしてて、
これでは、会社を辞めても精神的なプレッシャーはあまり変わらないような
感じだったけど(まあ本人曰く、今は会社時代の100倍楽とは言ってるけども)
これでやっと、受験のプレッシャーから開放されて生活できると思うと
こちらもやれやれです。

今後正式に合格通知が来た後、CPAと名乗れるまでには
手続きやら倫理のテストがあったりと、まだ半年以上かかるとか。
以前転職雑誌で、日本でこの資格があると就職に有利と読んだのが
勉強を始めた動機なので、(でも今は人数が増えて、
それほど有利でもなくなったとかいう話も・・・(>_<))
今後もしオーストラリアで仕事を探すことになった時にも、
需要があればいいなあとちょっぴり期待・・・って全然未知数ですけどね~。
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by kayo3775 | 2006-08-27 07:41 | オットの留学

祝入学

オーストラリアは2月が入学シーズン。オットも半年間の語学学校を終了し、
同じ敷地内の大学院に無事進学することができました。
入学式があるわけでなく、受講する科目をインターネットで申込み、
あとはその授業に出席するだけ。所属のクラスや担任はないそうです。
オットの学部の修士課程は1年間で卒業できる上、科目数も少ないので、
学校に行くのは週3日、しかも授業は1日1~2クラスと、傍から見ると
非常に楽そう。しかし、きっと課題がたくさん出て大変なんでしょう。
教科書として使うぶ厚い専門書を見ただけで、うへ~大変そうと思います。
これからは留学生だけじゃなくて、地元のオージー学生と肩を並べて
勉強するので、ぜひオージーの友達を作ってね♪と言っておきました。

さて、昨日は教科書などを買いに行くのにつきあい、私も一緒に大学に
行きました。面白かった!
中庭にテントがぎっしり並んで、各種サークルの呼び込みや、業者の店が
たくさん出ていました。携帯ショップ、新聞の勧誘、政党の勧誘、旅行会社、
よくわからない趣味の店、なぜかリプトン紅茶の試飲も。
でもって、歩いているだけでいろ~んなものがもらえるのです!
新聞、メモ帳、ペン、キーホルダー、ティーバッグ・・中でもうれしかったのは
こっちではとっても高い日本製のボールペンと、リプトンでもらった紅茶の本。
得して楽しかったです♪

テニスやサッカーなどのサークル勧誘で、学生がお揃いのTシャツを着て、
デモンストレーションをしてるのを見ると、どこの国も同じだあ~と感じます。
オットは以前から知り合いの19歳の男の子に、
「『ヒロさん、一緒にサークル入りましょうよ~』って誘われちゃってさあ、
オレみたい年寄りが恥ずかしくて入れるわけないじゃん」と言ってたけど、
案外そのうち始めたりして・・・^^;。

とにかくあと1年・・そうはっきり決まってしまうと、実は寂しい・・(T_T)、
たくさんのものを吸収できるよう頑張ろう!ってあらためて思うこの頃です。
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by kayo3775 | 2006-03-02 08:50 | オットの留学

Excursion Day

先日、オットのクラスのExcursion Dayに私も参加させてもらった。
ハイドパークに集合して、教会や議事堂、美術館などを見学して、ランチの後にオペラハウスへ。
引っ越してきてからCityに行くのは始めてで、思い切り観光気分♪
クラスのメンバーは16人で、うち中国出身が半数、後は韓国、タイ、ベトナム、チリ、フランス、コロンビア、台湾などバラエティに富んでいて面白い。
大学進学を目指す人ばかりで、殆どが既に英語がペラペラ。でもネイティブのように早口出ない分、聞き取りやすかった。
オットは皆より一回り以上年上だが、どうにか仲間に入れてもらえてるようだ。相変わらずチョコチョコと周りの世話を焼いて動き回っていた(^_^;)。
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                               ランチを取ったdomein(植物園)からの眺め
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by kayo3775 | 2005-08-10 09:18 | オットの留学

留学計画②

退職して、海外で勉強しながら長期滞在。
気持ちは固まったものの、経済的にどうなの?まずはここから実現の可能性を探った。

行き先は私もオットも迷い無くアメリカ。都市はアーバイン。
日本からの行きやすさ、気候、治安の良さに加え、オットの留学先として、カルフォルニア大学アーバイン校のエクステンションプログラムにとてもひかれたためだ。
そこで、学費に住居費、車購入費、子供の教育費、一時帰国にかかる費用、おおまかな生活費等を計算してみたら、大体1年間に日本の生活でかかるお金と同じか、若干多めにかかりそうだということががわかった。
(最近改めて計算したら、かなり予想よりオーバーしそうで焦っているが・・(>_<))
だったら貯金と退職金を合わせて、2年以内なら、なんとか暮らせるだろう。
もちろん貯金ゼロで帰ってきたら、日本で生活を再スタートすることもできない。その費用も織り込んで、うん、なんとかなるぞ!という結論がでた。

そして、調べの段階でここ!と思ったアーバインだが、実際この眼で見てみないと安心できないので、下見旅行に行くことにした。
2004年1月、正月明けだがオットが珍しく仕事を休めるというので、家族で4泊6日で行って来た。
ロスまでの航空券が3万円台(KE)で、安かった~。

ロスから車で1時間南に下ったところにあるアーバインは、期待を裏切らないキレイで安全そうな街だった。
砂漠に作られた新しい街なので、広い道に戸建てやアパート群が整然と並ぶだけの、殺風景で面白みの無い景観ではあったけど。
興味深かったのは、隣の市に入った瞬間、街の様子がガラリと違うことだ。行きかう車、人、建物、通りすぎただけでも治安はアーバインより劣ると感じた。
アメリカでは、どこに住むかが非常に大事だという。裕福な人が多い市は、税収入も多く、
教育の質も税金の多さで決まるという。
家賃は高いが、払える人しか住めないため、治安の良さも保たれる。

人口が増え続け、アパート建設ラッシュというアーバイン。家賃も年々上昇してるらしい。
私費留学生家族には、敷居の高い街だと思うが、でも治安には変えられない。
4日間、ロスも含めあちこち車で走り、また現地の日本人の不動産屋さんにアパートをいくつか見せてもらい(例えばこんな感じ 素敵♪)やっぱりこの街に住みたいという気持ちが強くなった。
とても有意義な下見旅行だった。
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by kayo3775 | 2005-06-10 11:50 | オットの留学

留学計画①

いい年した家族持ちサラリーマン男が、なぜ今更留学・・・?
ほんとのところ、私たち家族はオットの留学だけが目的で海外に行くのではない。
しばらくの間海外で暮らすという、今までの生活では叶わなかったことを実現するため、
留学という手段を使って行くのだ。

私は海外旅行が大好きで、夫婦で、子連れで、時には友達と、今まで
よくもまあと思うほど、あちこち出かけてきた。
でもいつも短い日程で、後ろ髪をひかれながら帰ってきたので、
だんだん、いつか長期滞在できたら、旅行じゃなく生活経験ができたら、と
思うようになってきた。
しかしオットの仕事は超ドメスティックだったので、駐在の可能性はゼロ、
家族みんなで行きたいから、母子だけでという選択肢もなく、
だから、その夢は多分ずっとずっと先に、オットのリタイア後にもしかしたら
叶うかも、ぐらいのとっても漠然としたものだったのだ。

オットは17年半、企業の営業第一線で猛烈サラリーマンをやってきた。
関東→関西→関東→北陸→関東→関西と計5回の転勤、帰宅も22時前に
帰ることはめったになく、土日も半分以上は出勤してたんじゃないだろうか。
いつも仕事のことが頭にあって、心から休めたことなど一度もなかったという。
まったく、体を壊さなかったのが不思議なくらいだ。
若い頃はそれでも気力があったようだが、会社を取り巻く環境も厳しくなり、
先のことも見える年になってきて、だんだんオットは
「このまま仕事だけの人生なんてつまらなすぎる。会社で吸収できるものは
ほとんどしたし、新しいことを始めてみたい」と言うようになってきた。
私も、そろそろ引越ばかりの生活から落ち着きたかったし、
転勤の恐れがなければ腰をすえて働くことができると思っていた。
何より今までオットばかりに大変な思いをさせて(あちこち旅行できたのも、
全てオットの働きがあったこそ)家族のためにもっと頑張れとはとても言えなかった。
だから私も会社を辞めることに反対はしなかった。
このように「そのうちオットが退職」の覚悟は、海外生活の話以前に固まっていたのだ。

そういいながらも、日々の忙しさに紛れてなかなか話は進まなかったのだが、
2年前の夏、辞めたらしばらく海外に行くのはどう?という話を私が持ちかけた。
40才で辞めて、その後ずっとプラプラして生活できるわけもなく、
何か仕事は見つけなければならない。
でもせっかくフリーになるのだから、少しの間、仕事をしてたら絶対無理だったことを
やってみない?と。
それまで特別、海外に住みたいと言ってなかったオットなのに、
なぜかこの案はすんなり受け入れられたようだ。
仕事の合間にボチボチ勉強してきた英語を本格的に勉強できる、
子供たちにとっても良い体験になる、
もし行くなら子供が小学生のうちの今がいい、そんな点が行く気を起こさせたようだ。

それならまずは実現の可能性を探ってみようということになり、
ここから私たち家族の海外生活計画がスタートしたのである。

***********

明日は子供たちの運動会。
この学校に入学して最初で最後、上の子はリレーの選手に選ばれた。
親としては嬉しい半分、転ばないだろか、バトンでヘマをしないだろかと
気がきではない・・。
これも多分最初で最後、はるばる他県からジジとババも来る。
明日の朝は弁当作り、頑張るぞ♪
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by kayo3775 | 2005-05-27 23:52 | オットの留学