オットの退社→留学→卒業その先は・・・


by kayo3775
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留学計画①

いい年した家族持ちサラリーマン男が、なぜ今更留学・・・?
ほんとのところ、私たち家族はオットの留学だけが目的で海外に行くのではない。
しばらくの間海外で暮らすという、今までの生活では叶わなかったことを実現するため、
留学という手段を使って行くのだ。

私は海外旅行が大好きで、夫婦で、子連れで、時には友達と、今まで
よくもまあと思うほど、あちこち出かけてきた。
でもいつも短い日程で、後ろ髪をひかれながら帰ってきたので、
だんだん、いつか長期滞在できたら、旅行じゃなく生活経験ができたら、と
思うようになってきた。
しかしオットの仕事は超ドメスティックだったので、駐在の可能性はゼロ、
家族みんなで行きたいから、母子だけでという選択肢もなく、
だから、その夢は多分ずっとずっと先に、オットのリタイア後にもしかしたら
叶うかも、ぐらいのとっても漠然としたものだったのだ。

オットは17年半、企業の営業第一線で猛烈サラリーマンをやってきた。
関東→関西→関東→北陸→関東→関西と計5回の転勤、帰宅も22時前に
帰ることはめったになく、土日も半分以上は出勤してたんじゃないだろうか。
いつも仕事のことが頭にあって、心から休めたことなど一度もなかったという。
まったく、体を壊さなかったのが不思議なくらいだ。
若い頃はそれでも気力があったようだが、会社を取り巻く環境も厳しくなり、
先のことも見える年になってきて、だんだんオットは
「このまま仕事だけの人生なんてつまらなすぎる。会社で吸収できるものは
ほとんどしたし、新しいことを始めてみたい」と言うようになってきた。
私も、そろそろ引越ばかりの生活から落ち着きたかったし、
転勤の恐れがなければ腰をすえて働くことができると思っていた。
何より今までオットばかりに大変な思いをさせて(あちこち旅行できたのも、
全てオットの働きがあったこそ)家族のためにもっと頑張れとはとても言えなかった。
だから私も会社を辞めることに反対はしなかった。
このように「そのうちオットが退職」の覚悟は、海外生活の話以前に固まっていたのだ。

そういいながらも、日々の忙しさに紛れてなかなか話は進まなかったのだが、
2年前の夏、辞めたらしばらく海外に行くのはどう?という話を私が持ちかけた。
40才で辞めて、その後ずっとプラプラして生活できるわけもなく、
何か仕事は見つけなければならない。
でもせっかくフリーになるのだから、少しの間、仕事をしてたら絶対無理だったことを
やってみない?と。
それまで特別、海外に住みたいと言ってなかったオットなのに、
なぜかこの案はすんなり受け入れられたようだ。
仕事の合間にボチボチ勉強してきた英語を本格的に勉強できる、
子供たちにとっても良い体験になる、
もし行くなら子供が小学生のうちの今がいい、そんな点が行く気を起こさせたようだ。

それならまずは実現の可能性を探ってみようということになり、
ここから私たち家族の海外生活計画がスタートしたのである。

***********

明日は子供たちの運動会。
この学校に入学して最初で最後、上の子はリレーの選手に選ばれた。
親としては嬉しい半分、転ばないだろか、バトンでヘマをしないだろかと
気がきではない・・。
これも多分最初で最後、はるばる他県からジジとババも来る。
明日の朝は弁当作り、頑張るぞ♪
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by kayo3775 | 2005-05-27 23:52 | オットの留学